全盛期は1980年代前半。英語圏ではブレイキン(breakin’)、B-ボーイング(b-boying)、B-ガーリング(b-girling)とも呼ばれ、ダンサーをB-ボーイ(b-boy)やB-ガール(b-girl)、ブレイカー(breaker)と呼ぶ。B-ボーイ、B-ガールの“B”はブラックの“B”と誤解されがちだが、これは誤りであり、Bボーイとはブレイク(突破)する者、もしくはブレイクビーツで踊る者の事である。「ブレイクダンス」「ブレイキン」という呼称は、1980年代前半に世界的に広く知られるようになった。
ブレイクダンスは1970年代にニューヨークのサウスブロンクス地区のアフリカ系アメリカ人やラテンアメリカ人の若者達によって発展したストリートダンスのスタイルである。また、アフリカ・バンバータの提案でギャングが抗争をまとめる為に銃撃戦の代わりにブレイクダンスのバトルを用い、発展に繋がったと言われている。映画『ワイルドスタイル』(1982)はブレイクダンスを知らしめた。
後に、ニューヨークのロックステディークルー(Rock Steady Crew)などのクルー同士による大規模な抗争がメディアの関心を受け、これがダンスチームの急速な成長へと繋がった。ディスコクラブやテレビ番組、公のイベントなどにもブレイクダンサーは進出していった。人気は1980年代後半には下火となったが、アフリカの民族舞踊などの動きなどが取り入れられ地味ながら安定した人気もある。Battle of the YearやUK B-Boy Championships、Freestyle Session等の世界大会も行われるようになっている。